2017/05/29

おにの籐左と慶深坊


偕成社から出版されている佐賀県の民話から。
再話した方の書き方も相まって、本で読むのをおすすめしたいほど
素敵なお話です。図書館に行った時は是非どうぞ…!
鬼の籐左と恐れられている侍はある日夫婦を殺めます。
慶深坊は生き残った子を寺に引き取り慶順と名づけました。
慶深坊は籐左の悪行をやめさせようとしますがそんな慶深坊を
うとましく思い、藤左は村人に口封じをして殺してしまいます。
その後、ふらりと慶順は消え月日は流れ…。。
というあらすじです。慶順は修行を重ね小姓として再び現れ、仇打ちするのですが
他の言い伝えでは裏切った村人を慶深坊がたたるというのもあるようです。

民話の中で印象が一番強かったおはなしでした。






2017/01/20

かぐや姫



紹介するにはあまりにも有名なかぐや姫です。
小学生の頃、かぐや姫の劇でソロで一曲歌うという大役を任され
盛大に音程を外したというほろ苦い思い出があります。
ヤマタノオロチの劇ではスサノオに乱暴される天女役でした。
悲鳴は割とうまくできたと思います。

中国やチベットに類似作品がある説もありますが
この雅で不思議な世界観は日本ならでは、ではないでしょうか。



2017/01/12

あけましておめでとうこざいます


今年もよろしくお願い致します。
ちょっと絵が描けなかったのではんこを彫りました☆
今年は面白い変な絵が描けたらな、と思います。

素敵な一年にしていきましょう~!

2016/11/13

びんぼうなりたや



落語にもなっている兵庫県の民話です。
家が代々金持ちな男は嫌気がさし、お金を皆に配りますが
利子をつけて返されるもんだから余計にお金がたまってしまい
これは大変困る、と。大黒さんの掛け軸を外して貧乏神の
掛け軸を飾ったり、家のお宝もすべて片っ端から売る始末。
すべてを手放した男はがらんとした様子に満足すっきり。
そして今度は持ち山までいらんと削りはじめました。
するとそこからなんと大判小判がざっくざく。男はがっくりと
「ああ、俺はついてないなあ」と悲しみのため息をもらしました。

いいね!


2016/10/17

人魚



先日横浜中華街へ行ったので中国の伝説です。
中国に捜神記という4世紀に書かれた書物があります。
不思議な話や妖怪、幽霊などの話が記してある本で
その中に人魚についての記述があります。
「南海の果てに鮫人がいて休まず機織をして
泣くと涙が真珠になる。」ロマンチックですね~
他にも不思議な話がわんさか載っているので
おすすめです。古代中国はやはり魅力的ですね!

2016/10/10

中野長者

東京都の民話です。室町時代、鈴木九郎という若者が
中野に移り住み、ばくろうを生業としていました。
ある日、やせ馬が高値で売れ、九郎は日頃信心していた
浅草観音さまのおかげだとお金をすべて奉納します。
それからというもの幸運が続き、気づけば長者と
呼ばれるほどの大金持ちになっていました。
あふれる財宝を狙われないように九郎は下男に運ばせ
橋の下に埋めると口封じに殺し、繰り返しました。
しかし悪行を重ねていた九郎に重い罰が下されます。
一人娘が嫁入りで橋を通ったときにふらりと自ら
川に飛び込んで姿を消してしまったのです。
いつしかその橋は「姿見ずの橋」と呼ばれ、花嫁が
通ると行方知れずになると言われるように。
九郎は悔い改め財宝を捨て僧になり寺を建てました。
それが多宝山成願寺です。姿見ずの橋はその後
不吉なので徳川家光によって「淀橋」と改名されました。

普段聞きなれた地名の裏に眠る少し怖い昔話です。



2016/09/29

京都旅行


少し前に京都へ行ってきました。久々の遠出でした!
神社・お寺・博物館など、沢山見て回ったのですが
中でも淀川、鴨川の水源にある貴船神社がとてもよかったです。
水の神様が祭神で清らかな川を見ながらの川床料理は
すばらしくおいしかったです。またいつか参拝したいです。
あと個人的におののいたのは養源院の血天井でした…
切腹した武士達の返り血がついた床板を天井に使っています…
手やそのまま人の形をした血のしみなどが天井に…
終いにガイドの方に「どうですか?パワースポットなんですけど…」と
言われました。…なんか…なんか違う気がする。

2016/08/29

香香背男の石


     昔、神代の頃。天津甕星(星野香香背男-ホシノカガセオ)をという神がいました。
      武甕槌命と経津主命は葦原中国を平定していましたがこの星神だけは
     どうしても倒せません。勢いを増したカガセオはその身を岩に変え、
     高天原までぐんぐん伸びていきます。そこへ建葉槌命が出向き金の靴で
     岩を蹴りバラバラに散らしカガセオを成敗しました。砕け散った岩は今、
     宿魂石という名で日立市の大甕神社に収められています。
     カガセオは常陸国の大甕山、甕の原を支配する酋長でした。
     日本の神話で唯一の星の神が市内にいるなんて!というわけで色々資料を
     漁りました。ここからはそのまとめを書き連ねたいと思います。長いです…!

     ※ 私個人の考察・想像にすぎないので話半分でお読みください)
     天津神とされている悪星神カガセオは何者なのか。多賀郡郷土史では
     「天孫朝廷の一大障害となっている。眼光は爛々として星の如くに輝き、
     骨格は毅然として雲突くばかりに高く、足は剛健にして猛獣の如くに強く、
     手は最大にして禽鳥の如くにはやく。加ふるに幾百幾千万の同族を指呼し
     昼は自ら海中の磯神岩の上を漁りて好んで魚介を貪り、夜は巧みに身を
     晦まして大甕山上の雷断石の間隙間に隠れ、進退自在、千変萬化、
     特獨の長枝を弄して敵を侮り、民を悩まし眼中人なく、また国の尊厳の
     何たるかを知らぬものであった。(中略)聞くところによれば、某昔
     香香背男の一族は、駿河国、富士山麓の海岸にあって得意の暴力を
     以って人民を悩ましてあったが、天孫系の大和民族の発展と共に、
     段々北へ北へと駆逐せられて、我常陸の海岸の一隅なる三日星の浜辺
     に転任せられたものであるとのことである。」と記述されています。
     
     これを読むと常陸国風土記に登場した土蜘蛛・蝦夷を思い出しますし、
     日立の伝説(著:柴田勇一郎)では蝦夷との関係も指摘されていました。
     歴史博物館の元館長から伺った話ではおそらく諏訪の神だということでした。
     確かに茨城県には長野県と交流があったと思われる縄文土器が出土しています。
     建御名方と同一視されることもあるのですが天津神とされているのは何故なのか。
     地元では不確かですがカガセオには「カオラザメ(カウラザメ)」という別名があったと
     いわれています。諏訪のほうから生き残り北上してきたカリスマリーダーという
     のが一番自然なのかなと思います。夜刀神との関連も視野に入れたい
     ところです。
       まだまだこれからも調べていこうと思っている地元の伝説です!
       しかし三日星の浜辺はどこにあったのでしょうか…

2016/08/05

オオキリムイの子が歌った神謡


北海道、アイヌの神話です。
オオキリムイの子と悪魔の子の話。
悪魔の子はいつも美しく、黒い衣をまとい、
「オオキリムイの子、あそぼう!」と誘います。
弓を向け、魚や鹿を根絶やしにする悪魔の子。
オオキリムイの子は弓をつがえ元に戻します。
めらめらとかんしゃくを起こす悪魔の子。
最後にすもうをし、山へ投げ勝利します。

素朴で壮大で神々しいアイヌの神話です。

2016/06/19

月という遊女



昔、近江の国に美しい遊女がいました。名を月と言いました。
ある秋の夜ふけ、この世と思えぬ美しい男が水干に身をつつみ
立っていました。二人は惹かれ愛し合うように。同じ頃、琵琶湖
のほとりの楠の老木を切って舟を作ろうと話が出ていました。
その晩、男は泣く泣く自分が楠の精であること。まもなく死ぬこと。
月に男の子が宿っていることを伝えます。そして
舟は完成しても動かないが月が舟に乗り扇で招けば動く。男の子
を国の守の子にしてくれたら舟を自由に往来させると言いなさいと
言い残しました。男の子は立派に成長し、類ない武士となり
近江の守護になったということです。
笛の音が聞こえてきそうな、そんなお話です。