2016/10/10

中野長者

東京都の民話です。室町時代、鈴木九郎という若者が
中野に移り住み、ばくろうを生業としていました。
ある日、やせ馬が高値で売れ、九郎は日頃信心していた
浅草観音さまのおかげだとお金をすべて奉納します。
それからというもの幸運が続き、気づけば長者と
呼ばれるほどの大金持ちになっていました。
あふれる財宝を狙われないように九郎は下男に運ばせ
橋の下に埋めると口封じに殺し、繰り返しました。
しかし悪行を重ねていた九郎に重い罰が下されます。
一人娘が嫁入りで橋を通ったときにふらりと自ら
川に飛び込んで姿を消してしまったのです。
いつしかその橋は「姿見ずの橋」と呼ばれ、花嫁が
通ると行方知れずになると言われるように。
九郎は悔い改め財宝を捨て僧になり寺を建てました。
それが多宝山成願寺です。姿見ずの橋はその後
不吉なので徳川家光によって「淀橋」と改名されました。

普段聞きなれた地名の裏に眠る少し怖い昔話です。